黄昏時の中、二人は公園の並木道を歩いていた。石畳の上に落ち葉が積もっており、歩くたびにかさかさと軽い音を立てる。
「おい、ヘンリエッタ」
 彼は前を歩く彼女に向かって声をかけた。
「なぁに?」
 と言いながら、ヘンリエッタと呼ばれた彼女は振り返った。思いの外、彼と自分との距離が離れていたことに気づき、小走りになって彼の元へと戻っていく。
「お前、鈍臭いのだから、あまりうろちょろするなと言っているだろう」
 ごめんなさいと言いながら、彼女は彼に抱きついた。彼女に比べて、彼の方がとても背が高いので、腰辺りに抱きつくことになったが。
 彼は鬱陶しそうに眉をしかめたが、彼女を振り払うことはしなかった。そのまま引きずるようにして歩き始める。
「あ、ちょ、ちょっとぉ……」
 ずるずると引きずられる体勢でいるのはしんどい。思わず、彼女は彼に回していた腕を離した。
 彼は構わずにさっさと先に進んでいく。見る見るうちに差が広がって、今度は彼女が置いていかれてしまった。
「早く来い、ヘンリエッタ」
 遠くの方から彼の呼ぶ声がする。その姿は逆光でよく見えなかった。
 ヘンリエッタの脳裏に、一瞬不穏な影がよぎったが、考え過ぎだと思い直す。気合いを入れるために、ぺちりと頬を叩く。
 もう一度、彼女は彼の元へと走っていく。
 彼の姿が見えたとき、彼女は嬉しそうに微笑むと正面から抱きついた。彼の眉間の皺が深くなった。
「いちいちくっつくな……鬱陶しい」
 彼に抱きついたまま、彼女は顔を上げた。不服そうに頬をぷくぷくと膨らませている。
「減るものでもないんだから、いいじゃんか。ロロのけち」
 彼女の言葉に、彼は大きな溜息をついた。
「お前に付き合っているだけありがたく思ってもらいたいものだ」
 自分にひっつくヘンリエッタを引き剥がすと、横抱きに持ち上げる。
「さあ、もう暗くなるから、宿屋に戻るぞ」
「えー! まだちょっとしかお散歩してないのに……」
 そろそろ頬が膨らましすぎて破裂するかもしれない。彼女が全力で頬を膨らます様を見て、彼は呆れたように溜息をついた。
「また来ればいいだろう」
「また来てくれるの?」
 パッと彼女の笑顔が弾けた。きらきらとした目を彼に向けている。
「気が向けばな」
 そう言いながら彼は宿に向かって歩き始める。
「ロロのけち……」
 彼の胸に頭を預けながら、彼女は小さくつぶやいた。断末魔のようなつぶやきは夕闇の中に紛れて消えてしまった。

(2023.9.28)

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