久しぶりに故郷に帰ってきた。帰ってこれた、が正しい表現かもしれない。
 マーシャは幼少期、養父母と初めて顔を合わせたその数時間後に、乗っていた馬車を盗賊に襲われ、養父母は殺され、自分はどこかに攫われた。攫われた自分はそのまま人買いに売られ、彼女が最終的に行き着いたのは人使いの荒い豪農の家だった。
 容貌がすっかり変わってしまうほどの生活を送っていたが、因果応報なのか豪農は強盗に襲われて全滅してしまった。自分も強盗に追われて、逃げ惑っていたところを通りすがりの旅人に助けてもらった。
 恩人はマーシャの話を聞き、言った。自分は故郷を滅ぼした魔導師を追う旅の途中だが、その途中で君の故郷を通ることもあるかもしれない。それでよければ共に来ないか、と。
 願ってもないことだ。マーシャは二つ返事で頷いた。今の自分には故郷に戻る手段がない。そもそも故郷がどこにあったかわからない。旅の道中に出没する魔物を倒す力も、そもそもの路銀もない。何もなかったからだ。
 そして、恩人の旅に同行してあちこちを巡る中、ようやくマーシャは自分の故郷――育った場所が、ニルヴァーナ修道院であったことを突き止めた。折しも、その修道院がある大陸で魔導師を目撃したとの噂を耳にしたので、渡りに船とばかりにやって来たのだった。
 修道院の門の前で、マーシャは何度か深呼吸をした。
(彼は……わたしのこと憶えていてくれてるかな……)
 ずっと連絡をしてなかった薄情者だと思われているかもしれない。緊張で手が震えてくる。
 門の前でぐずぐずする彼女を見かねた仲間が、彼女の背中を押して、門の中へと入れる。激励の言葉を受けて、意を決して彼女は中へと足を踏み入れる。
 聖堂の中で祈りを捧げ、外に出ようとしたときに、マーシャは誰かに名前を呼ばれて振り返った。そこには目的の人物が訝しげに彼女を見つめている。
「……マルス?」
 恐る恐るマーシャがその名を口にすると、彼は頷いた。マーシャは体が震えてきた。何かのきっかけで涙が決壊してしまうかもしれない。
 彼はゆっくりとこちらへと近づいてくる。彼はマーシャの真正面に立つと、彼女の手を取り、強く握り締めた。そして、彼は穏やかな笑みを浮かべると言った。
「また会えて、言葉では表せないほど嬉しいよ、マーシャ。君が生きてくれていてよかった」
 もう駄目だった。マーシャの両目から涙の粒がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「わっ……わたしも、嬉しいです……っ」
 そう言いながら、しゃくり上げる彼女を彼は強く強く抱きしめる。彼の温かな胸の中で、マーシャはずっと泣いていた。

(2023.10.5)

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