黙々と二人は丘陵地を歩いていた。緩やかな斜面をひたすら上に上にと登っていく。
 空には満点の星空が広がっていて、見るも鮮やかで綺麗だった。
 自分を先導するように前を歩いている彼の目的地を、フィエルテは知らなかった。彼は時折立ち止まると空を見て、何かを確認すると再び歩き出す。フィエルテは取り敢えず、それに着いて行く。それを繰り返しているうちに、二人は洞窟の入口の前に立っていた。
 彼は振り返った。
「今夜はここで休むぞ」
 そう言うと躊躇いもせずに中に入っていく。洞窟の中は真っ暗で何も見えなかったが、フィエルテも彼に続いて、中に足を踏み入れた。
 闇の中でも彼の姿だけは、仄かに発光しているかのように明るくはっきりと見える。それは彼もそうで、フィエルテの姿だけは闇夜でも見失うことはなかった。彼はフィエルテが来たのを認めると、カンテラを燈した。ぱっと辺りが明るくなる。
「着いてこい」
 カンテラの灯りに照らされる洞窟の内部は、天井からは苔が垂れ下がり、地面には茸が生えている。いかにもじめじめしてそうなところだった。しかし、風通しがいいのか、湿った臭いは感じなかった。
 すぐに突き当たりに辿り着いた。どこにも分かれ道がなかったから、この洞窟は一本道のようだ。ここで行き止まりらしい。そうフィエルテが思っていると、彼はおもむろに壁の一角に手を当てる。訝しく思う間もなく、その手が奥へと沈んだ。
 カチッという音が鳴ると、鈍い音を立てて突き当たりの壁が動き、扉が姿を現した。目を瞠るフィエルテをよそに、彼はその扉を開けると、振り向いて彼女に中に入るよう促した。恐る恐る、彼女は中に足を踏み入れる。螺旋階段があった。
 彼は再びカンテラを持って先導する。照らされる地面は土から石畳に変わっており、壁も石壁になっている。階段を登り切った先の部屋に入って、ようやく彼は足を止めた。
 小窓から星光が射し込んでいる。
「ミラさまはここに来たことがあるのですか?」
 部屋の中を見回しながらフィエルテは言った。ああ、と彼は頷くと近くのテーブルにカンテラを置いた。持っていた荷物を部屋の隅に置きに行く。
「元は監視塔の役割をしていた古い隠れ家だ。何度か使ったことがある」
 そうなんですか、と相槌を打って、フィエルテは近くにあった椅子に座った。その椅子に座って少し上を見ると、ちょうど視線上に小窓の外が見える。
「どうしてミラさまは、道で迷われないのですか?」
 ぼーっとフィエルテは星を見ながらぽつりと問う。乾物をテーブルの上に出していたミラは、彼女を見ることなく言う。
「北の位置さえわかれば、迷うことはない」
「ミラさま、コンパスもお持ちじゃないのに、どうやって北の位置を知っておられるのですか?」
「北極星だ」
 彼女の問いに彼は事もなげに返した。彼女は小首を傾げたのを見て、ミラは片眉を上げた。
「知らないか?」
 フィエルテはふるふると首を横に振った。そうか、と彼はつぶやくと、彼女の傍に歩み寄る。彼女がぼーっと見ている方向に同様に視線を向けると、口を開いた。
「俺の指す方をよく見ていろ」そう言いながら、ミラは小窓の外に広がる星空のある一点を指した。フィエルテは目を細めて見ている。「あれが、北極星だ。よく見ていると、あの点を中心にして空が回転しているように見えるだろう」
 ミラに言われないとどれがその北極星かわからない。フィエルテはもう一度小首を傾げた。その様子を見て、彼は小さく息をついた。
「そうだな……北極星の目印として、あの星座を憶えておくといい」
 フィエルテは彼が指す方をじっと見た。一際明るく輝く星の近くに、Wに並ぶ星々が見える。
「北の位置さえわかれば、どこであっても然して迷うことはない」
「ありがとうございます」
 フィエルテははにかんだ。その可憐な笑みに思わず釣られて、ミラも小さな笑みを口許に浮かべる。
「さあ、もう寝るぞ」
 彼は寝台に横になると、毛布を広げた。フィエルテに隣に来るように促す。彼女は花開くような満面の笑みで、彼の横に滑り込んだ。
 あっという間にフィエルテは寝息を立て始める。彼女のあどけない寝顔を見ていると、いつだって彼は彼女を自分の悲願のために利用する罪悪感と、護ってやりたいという庇護欲が湧いてくるのだった。

(2023.10.7)

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