おい、と肩を強く揺すぶられて、ミーナは目を覚ました。仏頂面でサザセがこちらを覗き込んでいる。ぱちぱちと数度瞬きをして、彼の姿を認めたミーナは、
「ご、ごめんなさい。急いでご飯作るね……」
 そう言いながら、しまったとばかりに飛び起きた。ようやく(とはいえ以前のことを全く憶えていないのだが)見つけた安住の地。家主の機嫌を損ねて叩き出されることだけは何としてでも避けなければならない。
「別に飯の催促をしたいわけじゃない」彼は溜息をついた。「腹も減ってないし」
 ミーナは動きを止めると怪訝そうに彼を見た。部屋の中をよく見回してみれば、窓の外から見える空の色は青く、陽光が射し込んでいた。時刻はまだ昼頃といったあたりだろうか。
「じゃあ……どうしたの?」
 彼がこんな時間に起きているのは珍しい。ミーナは内心首を傾げた。いつもは日が落ちてからでないと起きてこないのに。彼の生活サイクルに合わせるうちに、自分もすっかり夜型になってしまった。
「ずっと家の中だと退屈だろうから、たまには外に出してやろうかと思っただけだ」
 サザセはぶっきらぼうに言った。彼の言葉にミーナは目を輝かせた。
 日が暮れたら絶対に外に出るなという彼からの厳命を、ミーナはきちんと守っている。あらゆる犯罪と暴力が蔓延しているこの街では、司法は全く意味を為さないため、自分の身は自分で護るしかない。憶えていないとはいえ、どうやら何かに追われていたらしい身の上だ。一歩外に出てしまったがゆえに、またどこかに攫われてしまうかもしれない可能性は大いにある。
「つまり、この街を案内してくれるってことね! 嬉しい」
「……ど田舎にも都会にもなり切れない中途半端なただの田舎だぞ」
 彼は肩を竦めながらそう言うと、さっさと玄関の方に行ってしまった。その背中に、用意するからちょっと待ってと声をかけつつ、ミーナは急いで身支度をした。
 着の身着のまま倒れていたミーナは荷物の類を一切持っていなかった。だから着る服は、彼が持っている物を借りている。彼の服は彼女には大きすぎて、どれだけ捲っても袖口から手が出ない。彼がもう穿かないというから、彼の持っていたズボンの一つを、裾を切ってハーフパンツに改造した。彼の持っていたシャツの中で一番小さいものと、改造したハーフパンツを身に着けて、ミーナは玄関口で彼女を待っていたサザセの下へと向かった。
 こちらに向かってきた彼女をちらりと見やって、彼は何かを言いたげに口を開いたが、思い直したのか何も言うことなく口を閉じた。
 古くなり建てつけの悪くなった扉を押し開けると、彼は彼女に出るように促した。希望に満ち溢れているようなきらきらと輝いた目をして、彼女は外を見回している。
 念のため、鍵を閉めるとサザセはミーナに向かって手を差し出した。彼女は不思議そうに小首を傾げたが、すぐに笑顔に戻るとその手を取った。

(2023.10.11)

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