簡単な任務だと言われて渡された仕事は、思いの外時間がかかった。原因はわかっている。自分の隣で水に濡れた子犬のようなしょぼくれた顔をしているアンネのせいだ。厳密に言えば、アンネが悪いのではなく、部下の力量を正しく量ることのできていないギルド長が悪いのだが。
 半日でギルドまで戻ってこれる計算だったが、もう空はすっかり暗くなっている。自分はともかく、疲弊しているアンネをギルドまで無理やり連れ帰る理由は一つもなかった。ナハトはそこら辺で適当に宿を探すことにした。一晩泊まれるのならどんなところでも構わないだろう。
「……とはいえ、これはさすがになァ……」
 方々を探してようやく見つけた宿は、ベッドが一つ置いてあるだけの狭い部屋だった。ソファなどはない代わりだろうか、そのベッドは普通よりは一回りくらい大きいベッドだ。
「オレ、適当に外で寝てくるから、この部屋はアンネが使えな」
 この世の終わりとでも言いたげなほど暗い表情をしていたアンネは、彼の言葉に弾かれたように顔を上げた。ナハトの服の裾をがっちりと掴むと、もげるのではないかと心配するほど横に首を振る。
「い、嫌です! ナハトさんがこの部屋を使ってください。わたしが外で寝ます」
 ナハトは溜息をつくと、アンネの額を指で軽く弾いた。
「バーカ、ここら辺、そんなに治安よくねェし。お前が外に行くのは絶対ダメ」
「でも……今日の失敗はわたしのせいですし、それなのにわたしがベッドを使って、ナハトさんが外で寝るって、気が引けます……」
「あれは別にお前のせいじゃねェよ。どっちかと言うとあいつの采配がアホだったんだ。だから気にすんなって」
 ナハトはそう言って慰めるが、アンネは消沈したままだ。
「けど、お前がそんなに気にすんだったら、一緒に寝るか?」
 冗談のつもりで口にした言葉に、アンネが身を乗り出して頷くものだから、彼は後に引けなくなってしまった。その方が問題があるような気がしたが、ナハトは深く考えることを止めた。
 カーテンの向こうでアンネが寝る仕度をしている。彼も取り敢えず、着けていた装備を外して部屋の隅に置くと、ベッドに横になった。まあ、自分がベッドの中に辛うじて収まったので、小柄で華奢なアンネならば、余裕だろう。
 仕度を終えて戻ってきたアンネが、ナハトの横に遠慮がちにもぐり込んでくる。しかし、安心しきったのかすぐに寝息を立て始めた。
 その彼女のあどけない寝顔を見ていると、なぜか鼓動が早鐘を打ち始める。今晩は眠れそうにないとナハトは溜息をついて、目をつむった。

(2023.10.12)

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